校章は「農」を篆(てん)書で表し、農業の思想を端正で美しいわが校の「しるし」としたもので、これを身につけ学び励んだ先輩は、1万5千人を数え、地域の産業はいうに及ばず、あらゆる分野に貢献するところ大きく、着実に発展をとげています。
 朝に夕に望まれる動かぬ富士をわが姿とし、「健康」「正直」「勤勉」「独立」「協同」の校訓をわが心とし、毎日の学習活動、クラブ活動が進められています。恵まれ自然にひたり、整然と並ぶ充実した校舎を背に校庭に立つとき、連綿ととして輝く伝統をいまさらのように感じずにはおれません。

平農の歴史

明治19年 5月

大住・淘綾・足柄上郡の三郡共立学校(修業年限3カ年)として金目村宗信寺に開校

明治33年 3月

中郡立中郡学校と改称

明治35年 4月

中郡立農業学校に改称

明治41年 5月

中郡立農業学校が県に移管され、神奈川県立農業学校(修業年限3カ年)として達上ヶ丘に開校、初代校長飯田洪農先生中郡立農業学校長より引きつづき就任

大正 2年 4月 別科第1部新設定員240名と定められる
大正 7年 4月 養蚕科設置
県立10周年記念祝賀式挙行
大正 9年 4月 養蚕科を農蚕科と改める
大正12年 9月

関東大震災により校舎建物倒壊大破

昭和 3年 5月

定員500名と定められる

昭和 5月 4月 神奈川県立農業学校を神奈川県立平塚農業学校と改称
昭和 8年 10月 県立25周年記念祝賀式挙行
昭和18年 4月

畜産科設置、農蚕科廃止

昭和20年 4月

女子部設置
中郡大野町中原旧横須賀海軍工廠平塚分工場大野作業所を仮校舎として授業開始

昭和23年 4月 神奈川県立平塚農業高等学校と改称農業科、畜産科、農産製造科および定時制農業科を設置、
定員250名と定められる
昭和24年 4月 農業科、畜産科、農産製造科を統合し農業科とする 別に農村家庭科を設け、
定時制農業科と合わせて定員250名と定められる
昭和25年 4月 三浦郡初声村に分校を開設、定時制農業科として定員50名と定められる
昭和31年 4月

全日制農業課程を農芸科と農産加工科(類型)とする

昭和32年 4月

全日制課程を農芸科、農産加工科、農村家庭科とする

  8月

本館完成

昭和33年 4月

農産加工科を食品化学科と改める

昭和34年 1月

県立50周年記念祝賀式ならびに体育館兼講堂の落成式挙行

昭和35年 4月

定時制農業科を廃止する

昭和38年 4月 農村家庭科を生活科と改める
昭和40年 4月 農芸科を園芸科と改める
昭和42年 7月

農業実験教棟(鉄筋3階建)完成

昭和43年 11月

食品加工実験実習教棟(鉄筋3階建)完成

昭和45年 1月

普通教棟(鉄筋3階建)完成

  2月 格技場(柔、剣道場)完成
  6月 プール完成
昭和58年 11月 県立75周年記念祝賀式並びに記念庭園落成式挙行
昭和61年 4月

草創100周年記念碑建立

昭和62年 3月

温室改築一期工事竣工(標本・切り花・野菜温室1,123平方メートル)

平成 2年 3月 科学・経済教棟(鉄筋3階建)完成・農業機械実習棟(鉄骨)完成

園芸科、食品化学科を園芸科学科、食品科学科に改編

生活科を廃止、生産流通科を設置
平成 3年 3月

温室改築二期工事竣工(切花・順化・鉢物・育苗温室・管理棟1,017平方メートル)

平成12年 11月 体育館外壁補修他工事完成
平成20年 11月

県立100周年記念祝賀式並びに記念碑建立







校章

平塚農業高等学校校章